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【サラリーマン書評】「人魚の眠る家」東野圭吾~母親の愛を狂気に描くことに違和感

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気持ちがわかる反面、なぜここまでと言う気持ちが。

最近は東野圭吾の本は読んでいませんでした。

 

なんか、人気作家になり、ネタも尽きたのか、少々設定がおかしくなってきているものもあり。

超能力とか出して来たら、もうなんでもありでしょ。

しかし、これは少し読んでみようかなって。

意外と古いですよね。

2015年の小説ですからね。

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説明 注!ネタバレ

概要はというと。

プールの事故で脳死状態(?)となってわが娘。

 

一時は、死を受け入れたものの、とっさになって生きているのではと感じる。

心臓は動いているため、血色はよく、自分で呼吸はできないが機械を取り付けることにより、呼吸も可能となっている。

 

看病を続けるが、ほぼ脳死とみられているため、当然目は覚めない。

しかし心臓が動いており、体は成長している。

薫子は、そんな娘を愛し、看病を続ける。

 

リハビリとして、電気で体を動かし筋肉が硬くならないようにする。

しかし、それを使って、まるで生きているように見せる道具に使ってしまうことに。

周りの人は理解はしつつも、脳死状態の娘を機械で動かしている薫子に、徐々に拒絶反応を起こすようになる。

 

 

読んだ時の感想

もうサイコって感じで、なぜ、著者は母親の娘を愛する気持ちを、こんな狂った形で表現しているのかと、無性に腹が立った。

 

人として理性があるなら、それは娘に対する最大の屈辱ではないかと思うだろう。

 

おかしいって。

これは異常だって。

 

自分がもし薫子と同じ状態なら、人を呼んで、電気で体を動かすところなんて見せたいなんて絶対に思わない。

正直、なんで?っていう感じ。

生きている人を完全に無視している。

 

親だから気持ちはわかると最初は思っていたが、弟の入学式に車いすで連れて行ったり、家で誕生日会をすると言って、弟の友達を呼び、電気で動かし生きていると思わせようとしたりと。

 

正直途中で吐き気がしてきた。

 

こういう子供が出てくる小説を読むと、どうしても自分の子供と重ねてしまう。

で、自分の子供と重ねてみると、亡くなったことを受け入れたくないという気持ちがあるのはわかるが、こんな感じで侮辱するということは絶対しない。

 

もっとやすらかに眠らせてあげることが、親としての務めだと思う。

 

正直最後の最後で、まともになったのが救いだったけど。

 

東野圭吾が、もうダメだって思っていたのは、こういうのを読んでもわかるな。

 

総評

◆読みやすさ

読みやすさ:3

東野圭吾の小説は、全体的に読みやすい。

今回のも例外なく、読みやすかった。

 

◆意外度

意外度:2

特に意外なところはない。

まぁ、脳死状態を考えると、医学的にはすごいことらしいが。

 

◆夢中度

夢中度:3

なんか、途中から切なくなってくる。

エンドがもうわかっているので、薫子の狂気が収まってくれることを願うばかりだった。

 

◆読んだ後のすっきり度

読んだ後のすっきり度:2

どうなったのか。

確かに最後は。

薫子が、看病しているときでも、冷静だったというかんじだったが、とてもそうは思えなかった。

自分の生きた子供をもっとしっかりと見つめるべきだと思う。

それが親としての責務だと。

 

 

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読書について

本を読んでいると何か吸い込まれるように、その物語の中に没頭してしまいます。

いい意味でも、悪い意味でも。

時に深く考えさせられることもあります。

人生にとって読書、本を読むというのは非常に大切なことだと私は考えています。

最近世間では本離れが進んでいると言われています。

本を手にする代わりに、なんでもスマフォで調べたり、スマフォで小説を読んだりと。

ある意味それは時代の流れかもしれないのですが、しかし私は紙の本を手に取って読んでもらいたいと考えています。

もちろん中には読むに値しない駄作も数多くありますが、それ以上に良い本はたくさんあります。

駄作の中にもそれぞれ考えさせられることもあり、無駄な本はあまりないと考えています。

もっとみなさん本を読みましょう。

そこから何か、ほんの少しでも自分を高める何かが見つかるような気がします。

ほんの少しかもしれませんが、それが積もると立派な財産となります。